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文明とは既得権益を破壊して利益を大衆に拡散し、そしてそこから利益を回収するシステムを開発することによって新規権益を確立していく営みなのだけれども、新規権益が既得権益として固定化するまでの過程、つまり「熱い社会」では、文明が発展する一方で文化というのはズタズタになるまで消費されつくしていく。
文明が文化を消費しつくしてしまう頃には新規権益が成熟して安定期に入り、既得権益となって特定の人間の一生を賄う程度の装置として機能するようになる。そうなると権益装置を維持発展する方向ではなく、それを依存し消費する方向に意欲を働かせて、権益装置が機能低下する一方で後世にまで残るような優れた文化遺産を残す「お大尽」が一定比率で現れる。
既得権益から生じる富が独創的な文化を生み出す一方で、メンテナンスされなくなった権益システムがすっかり機能低下してくると、文明の外側に勃興した貪欲で活動的な集団が発生して既存の権益システムの弱点を破壊にかかる。すると文化は衰退するが、一方で既得権益の破壊と新規権益の創造という過程を経て新しい文明が成長していく。
こういう循環は有史以来飽きることなく繰り返されてきているのだけれども、日本史の少しだけ面白いところは、新しく勃興した文明が古い文明を完全に否定しきらずに、旧文明が無害な程度に衰弱すればその後は旧来の文明に一定の敬意を払っていくというような結末を好むように見えるところだろう。
— 安敦誌 : にゃ